過去をどう解釈するかは自由に決められる

催眠


自分の人生の過去の物語を、「感謝の物語」に書き換えることができれば、あなたの人生は好転します。自分の過去の物語を「悲劇、愚痴、否定、不満、ダメ出しの物語」にしている人は、同じような未来を引き寄せてしまいます。


過去をどう認識するかは「引き寄せ」を左右します。過去のことであっても、意識に浮かべ、思念すれば、それは未来に引き寄せの作用を起こします。過去の愚痴、過去の不満、自分や他人へのダメ出し。このような思念は、同じような出来事を再び、引き寄せてしまうのです。


「自分を悲劇のヒロインにしている」人は悲劇の世界から脱出することはできませんから、自分の人生をサクセスストーリーに今すぐ書き換えるべきです。「自分を無能で馬鹿な価値のない存在にしている人」は自分が自己実現して充実して幸せになることはありえないのです。過去の事実は変らなくても、その受け止め方、解釈は無数にあります。


過去の苦難を試練や学びと受け止め、その時に、助けたり支えたりしてくれた人への感謝や無事に乗り越えさせてくれた神仏への感謝を持てば、「感謝の物語」になるのです。過去は「必然、必要、ベスト」です。もし、あなたが理不尽な目にあったのなら、それは、あなたが前世でしたことが戻ってきただけです。蒔いた種を自分が刈り取ったにすぎません。


つまり、「わたしはこんなに不運なのです!」と自慢することはとても恥ずかしいことなのです。それは「わたしは前世でいっぱい悪いことしました!」と叫んでいるに等しいことだからです。自分の不運不幸を武器にして他者を圧倒しようとする人がいますが、因果応報の法則を知る者から見れば、こんな滑稽で愚かなことはないということです。


今の自分の状況が良いことばかりの幸せならそれは前世やこれまでの人生において、相応の善徳をきちんと積んできた証です。今の自分の状況が悪いことばかりで苦痛ならそれは前世やこれまでの人生において、そうなるだけの悪徳を積んでいるという証です。これまでの人生でそんな悪いことはしてないというなら、それは前世や何回か前の前世での大きな悪いカルマがあるということです。ですから、すべては「己の不徳の致すところ」です。


それを忘れての不幸自慢、不運自慢は、悪い引き寄せの再生産となるだけで無益な行為なのです。幸せになるためにまずすべきことは、自分が生まれてから、今日に至るまでにいかに神仏に守られてきたかを見つめなおし、そのご加護に感謝することです。次に、より不運なケースというのが世の中にありますからそれを見て、それと比較して、自分はまだまだマシで、恵まれているほうだなあと、感謝することです。


人生を感謝の物語としない限り、幸せが来ることはないということを悟り、今すぐに過去の物語を、「感謝の物語」に書き直して下さい。数え上げるべきは、不幸ではありません。神様は必ず、恵み、加護、祝福も授けて下さっています。それだけを見つめ、感謝の物語に生きていけば良いのです。 そして、積善を志し、日々、善行を積み重ねていけば、やがて、その果報が幸せとなって、めぐり来るようになります。
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