感謝と努力のどちらが価値あるものなのでしょうか?

感謝というのは心が明るくなり、天国の心となる道ですが、
感謝だけしていれば、物事が好転したり、開運するものではありません。


感謝は土台であり、その上に意志と実行、つまり現実的な行動が必要です。
そのためにこの世に生まれてきたのです。


何の努力も一切しないで感謝だけして生きていれば、死後、天国にはいけません。
「怠け地獄」にいくはずです。そこには怠りの心が背景にあるためです。


怠りは神仏が最も嫌う心であり、魂の進化にとって最大の障害になるものだからです。
世の中での現実的な愛の実行や足跡がないからです。
自分の内側の世界だけを見つめて安寧をはかってもダメです。


「山中の賊を征するは易く、心中の賊を征するは難し」とは王陽明の言葉ですが、
世の中の俗世の中で、具体的に活動して、
愛の実践、意志の実践をどれだけしたかが、重要になります。


禅の教えで「十牛図」というものがありますが、
最後の十段階目では俗世に還って、民衆の中で民の幸せに尽くすのです。


したがって感謝することで何らかの結果が顕現すると考えても無意味なことであって、
感謝して己の心を安らかにしたら、次にすることは具体的な精進努力なのです。


感謝がぜんぜんないけれども努力家でばりばり頑張る人は、
死後、感謝だけで努力のなかった人よりも高い霊界にいくことは間違いないでしょう。


なぜなら、この世に生まれてきた魂を磨くテーマをしっかり果たしているからです。
そういう努力家は最終的には神仏の加護を実感するので感謝するようになっていくものです。
しかし努力しなかった人には何も残りません。経験も知識も鍛錬も残らないのです。


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